あいする金沢。

日々「好き」が増す金沢のこと、私なりに。

まちしるべ

旧玄蕃町。

ふらっとバス材木ルート、材木町〜天神橋あたり。 なかなかひとりでは見つけにくい場所に ありますが、秘密兵器を使って、発見(⁠^⁠^⁠) 宝物を見つけたみたいでうれしいです。 【加賀藩重臣 津田玄蕃の下屋敷があったところで 明治の初め この名がつけられた】

金沢大学発祥の地。

いつかの夜。 早く駅まで戻りたくて急いでて、 このへん入ったら近道になるかな…と思い、 曲がったら「金沢大学発祥の地」が。 郵便局の入口にひっそりと建っています。 1862年、加賀藩が開設したここ彦三種痘所が淵源。 このあと、師範学校や医学館を前身と…

旧博労町。

ばくろまち。 馬の飼育や売買を生業とする人たちが 住んでいたとのことなので、 きっと厩もたくさんあったのでしょう。 【藩政期、馬を売買するかたわら藩士の稽古用の 賃馬を飼育する博労たちが住んだことから この名がついた。馬労町とも書いた。】 以前、…

旧石浦町。

香林坊、東急スクエアの前、 こんなところにまちしるべが。 大通りに無いと思っているとあったりするから、 歩いていても気が抜けません。 いつもキョロキョロしてます。 【もと石川郡石浦庄下石浦村であったが 慶長年間 町地となりこの名がつけられた 城下…

旧巴町。

別院通りから曲がったところ、笠市町です。 まちしるべないかなぁ…と、なんとなく 曲がってみたら、ありました。 もってます! 別院通りには「巴橋」という小さな橋があります。 このあたり一帯が「巴町」だったのでしょうね。 【加賀藩士伴八矢の下屋敷(家…

旧東外惣構堀。

すぐそばに「しもどばし」という橋がありました。 当時からここにあったのでしょうか。 城があり、堀があり、堀の城側に土居がある イメージ。 想像は出来ますが、この金沢で実際に 見てみたかった、と、なんとなく思いました。 【慶長十五年、三代藩主利常…

旧木町。

ひがし茶屋街に向かう途中、円長寺前にあります。 いつもは人力車の方が待機しているのですが、 いなかったので撮影チャンス(⁠^⁠^⁠) 【藩政のころ、材木問屋が集まっていたので はじめ卯辰ノ木町、四丁木町などと呼ばれ のち、この名がついた】

旧宗叔町。

そうしゅくちょうのまちしるべは 玉川図書館近くに。 ふらっとバスと一緒に一枚、ベストショットです! 【元禄のころ、堀宗叔という医師が住んでいたので この名がついた。 堀家は代々藩医をつとめていた】

旧九人橋下通。

兼六元町の光誓寺近くのにあるまちしるべ。 【九人橋は東内惣構堀に架けられた橋で、 橋番が置かれていた。 十人並んで渡ると九人の影しか映らないという 伝説から、橋の名がついたという。 町名はここから生まれた】 尾張町の八百萬本舗さんの下に、 九人橋…

旧象眼町。

ぞうがねまち。 別院通りをちょっと曲がったところにある まちしるべです。 夜だったので、危うく見逃すところでした^^; 【藩政時代、地子町の一つで 象嵌師が住んでいたことからこの名がついた。 ずがねまちともぞうがんまちともいった。】 加賀象嵌(ぞう…

旧御歩町。

おかちまち。 徳田秋声記念館の近くにあります。 【藩政時代、藩主を警護する歩(かち)が 住んでいたので、この名がついた。 はじめ観音下御歩(徒)町などと呼ばれていた】 かつて、暗がり坂を「ひよどり超え」して 梅ノ橋を渡った旦那衆は、ここ御歩町を通…

大野庄用水。

長町を流れる大野庄用水。 時代を超えて残る武家屋敷の庭園の曲水として 利用されているところもあります。 雪吊りと薦の季節の一枚でした(⁠^⁠^⁠) 【藩政前からある用水で、犀川から取水し 旧石川郡大野庄、灌漑、物資運搬、市街地の防火、 防ぎょ、融雪など…

金沢市歴史のまちしるべ案内。

偶然の出会いが楽しい「まちしるべ」。 おそらく一番最初に設置された時の案内であろう 小冊子を、東急スクエアのうつのみやの 古書コーナーで見つけました。 これも偶然の出会いか、 はたまた出会うべくしての出会いか…。 見つけた瞬間「おぉ…」とココロの…

旧中町。

尾張町と十間町の間のまちしるべ。 ここもいつも通ってたのに完全スルーしてました。 【藩政初期、金沢城大手門から出る 本通りの町だったのでこの名で呼ばれ 本町の一つとして重んじられた】 大手門からまっすぐの道、 きっと賑わっていたことでしょう。

笠市町。

まちしるべの近くに立ち周りをぐるりと見たら、 真っ先に目に入ったのが天狗中田さんの看板。 目立ちますね(^^) 【藩政時代、この付近に笠問屋がならび、 市がたち、「加賀の菅笠」の名は諸国に広まり 笠市または堀川笠市と呼ばれた。 のち、この名がついた】

長町。

あまりゆっくりと散策したことがなかった 長町界隈。 一度足を踏み入れたら興味深い場所がいっぱい。 図書橋(ずしょばし)ってどこだろう? 【藩政時代はすべて藩士の邸地で、 香林坊下から図書橋あたりまでの長い道筋で あったところからこの名がついたと…

旧助九郎町。

にし茶屋街すぐ近くにあり、茶屋街がまっすぐ 見渡せるナイスロケーションのまちしるべ。 夕暮れの空がいい感じの日でした。 【藩政時代、本間助九郎または葛巻助九郎の 邸地があったので、この名がついたという】

旧新町。

尾張町から一本入った道、下新町になるのかな、 久保市乙剣宮の近くにあるまちしるべ。 なんともいい雰囲気の「朱色」が目を引きます。 数軒隣にも同じような朱色の建物が。 まだ少し雪が残る2月の風景でした。 お盆過ぎれば少しは涼しくなるかなぁ… 【藩政…

里見町。

竪町近くとは思えないほど静かで、 昔からの町並みが続く里見町。 道が一本違うと雰囲気もこんなに違うのかと びっくりします。 金沢ならでは、でしょうか。 里見町、好きです。 【加賀藩士禄高千百石の里見氏の屋敷が あったことからこの名がついた 享保の…

広坂・金沢中警察署跡地。

しいのき緑地、広坂交差点に近いあたりに。 ここも、さもすれば気づかずに 通り過ぎてしまう場所かと。 広坂警察署から金沢中警察署へ改称し、 昭和63年に移転。 まちしるべを辿ると、金沢の今昔が見えます。 まだまだ探します!

大手町。

四季により姿を変えるこのあたりが大好きです。 昼間もいいけど、ライトアップされた景色も ステキです(^^) 【藩政時代は金沢城の大手口であったので この名がついた。大手先、小坂口とも呼ばれ、 大身の武士が住んでいた】

旧西町。

金沢検定やなにやらで、いつもお世話になっている 商工会議所の前にあるまちしるべ。 通り慣れた道なので、周りの景色を撮るのを すっかり忘れてしまいました^^; 【金沢御坊の西にできたので この名がついたといわれ のち尾山城(金沢城)になってから でき…

堤町。

百万石通り、某ホテルの角にあるまちしるべ。 通る機会が多いのに、見落としてました^^; 【藩政期以前にできた寺内町の一つで 掘り上げた土の堤上に町地ができたことから この名がついた 寛政十二年の火災を機に西内惣構堀の内から この地に移された】

並木町。

ふらっとバスの並木町停留所近くのまちしるべ。 ここも2005年に町名復活しております。 サクラの季節に撮影したので、 ぼんぼりがチラリ(^^) 【藩政時代、浅野川の護岸のために 川沿いに植えられた松並木にちなんで この名がついたという】

袋町。

袋町のバス停近くにまちしるべを発見。 やっぱり袋みたいだから「袋町」なのですね。 2007年に町名が復活しているので 「旧」が消えています。 【藩政期の本町の一つで、この道筋が 北国街道であった。 道の両側が曲って袋のようであったところから この名が…

油車。

日が暮れる直前に見つけた油車。 夕暮れと鞍月用水の流れる音が なんだかとてもここちよかったです。 【藩政初期、油屋与助という油屋が この地に水車をつくり 灯油などの製造をしていたことから この名がついた】

にし茶屋街。

ひがし茶屋街、主計町、と並んで 金沢の三茶屋街のひとつ、にし茶屋街。 訪れたのは百万石まつりの少し前。 ちょうちんがいい感じで風に揺れておりました。 入口にはにし茶屋街ゆかりの作家、 島田清次郎の「地上」の一節が。 【あゝ、この感情、この真理、 …

旧白銀町。

旧しろがねちょう。 ちらりと雪が見える景色、時々登場します。 【藩政初期は安江村であった。 町地が広がったため安江木町となり、その一角に 白銀細工師がいたため町名になったという】

旧胡桃町。

兼六園下の交差点、和菓子の中島さんの すぐ前にあるまちしるべです(^^) 【この地の東内惣構堀にかかる橋を 橋詰の染師黒梅屋の名によって黒梅橋と いったが、俗にくるみ橋と呼んだことから 明治四年この名で町立てされた】

千日町。

細い道ながら、なかなかの交通量の雨宝院前。 ここに千日町のまちしるべがあります。 車の邪魔にならないように気をつけて 写真を撮りました^^; 【この町に真言宗の雨宝院があり 山号が千日山であるところからこの名がついた】