あいする金沢。

日々「好き」が増す金沢のこと、私なりに。

寺院

14時46分は天徳院で。

13年目の3月11日は金沢で迎えました。 そして14時46分は、天徳院にて。 やっぱりこの日、この時間は 何年経っても涙が出ます。 今年は、東北と、石川のことを思いながら 祈りました。

心蓮社。

卯辰山寺院群にある心蓮社(しんれんしゃ)。 庭園は、金沢市の名勝に指定されており、 「めでた造り」というそうです。 庭園を見学したかったのですが、 入口がわからなかったので残念ながら出来ず(泣) 墓地のほうから入れるようなので、 またトライしてみよ…

妙福寺。

孟宗竹導入の祖、岡本右太夫が葬られているのが ここ妙福寺なのですね。 「岡本右太夫」という名前は金沢検定で 勉強しました。 たまたま前を通ったら顕彰碑があったので お、なんだか得した気分(⁠^⁠^⁠) 今、おいしいタケノコが食べられるのは 岡本右太夫さ…

西養寺。

高台にある西養寺、階段を上るのは ちょっとキツいですが、爽快感と眺めは最高です。 説明書によると本堂の建立は江戸時代。 移築したという記録は無いので、同じように この素晴らしい景色を眺めてお参りしたのかな。 忍者さんが2、3人いました。 まだ同じ…

養智院。

先日記事にした武士の家計簿、猪山直之氏の 生家跡近くにある養智院。 説明書によると、御本尊の地蔵菩薩は 弘法大師作で日本の三地蔵のひとつとか。 5代藩主綱紀公がこのあたりの寺院の転地を 命じた時、本尊が夢に現れて鬼川を守るために 転地させずこのま…

徳田秋聲生家跡。

金沢三文豪のひとり、徳田秋聲の生家跡です。 横山町にあるらしいというのは調べていたので 例えば石碑とか、目立つものだと勝手に 思い込んでいましたが…あったのは、案内板だけ。 長居せず、写真だけ撮ってお暇しました。 その足で、静明寺へ墓参に。 ふら…

宝円寺。

前田家の菩提寺、宝円寺。 前田利家公の自画像と髪を納めたといわれる 御影堂と御髪堂を拝みました。 静かな静かな時間… 山門、築地塀、庫裡、本堂は国登録有形文化財に 指定されています。 《宝円寺》 金沢市宝町6-14 https://www.gokokuzan-houenji.jp/ind…

妙国寺。

通りすがりの妙国寺、大黒堂が目を引きました。 なんの形なんだろうと思ったら、宝珠なのですね。 打出の小槌もありました。 「大黒寺」とも呼ばれており、 山門は金沢市指定文化財に指定されています。 建てられてから240年余、変わらぬ姿で。 《妙国寺》 …

法船寺。

はるか昔、お寺の猫が化けネズミを退治したという 話が伝わる法船寺。 その猫たちを供養するための義猫塚があります。 字がほとんど消えてしまい、探すのにとても 苦労しましたが、多分これではないかと。 命をかけてたくさんの人を守った2匹の猫に、 合掌。…

高源院。

馬坂に近い高源院。 説明書によると、前田利家公の息女福姫に ゆかりある寺院で福姫の戒名より高源院とのこと。 高源院といえば「一ツ灸」と、金沢検定で勉強。 言葉通り「膝に一つだけ灸を据えて 無病息災を願う」ということなのだそう。 行われるのは毎年7…

宗林寺。

エムザ裏手から少し歩いたあたりに ひっそりと佇む宗林寺、聖徳堂。 12代住職の花山信勝氏は聖徳太子の研究で 有名な方で、他に巣鴨拘置所の教誨師として 東條英機らのA級戦犯の執行に立ち会ったそう。 遺品の数々を見学出来るようなので、 いつか、静かな気…

本願寺金沢別院(西別院)。

経蔵を見学したくて西別院へ。 近くで見て圧倒されました。 説明書によると1866年建立、回転式の書架で 「転輪蔵」というらしいです。 「教巻を自在に検出し、これを回転することで 経典を読んだと同じような功徳があるように」 との願いからこのようになっ…

照円寺。

西別院に行く途中に見つけたお寺。 春と秋のお彼岸に、寺宝の「地獄極楽絵図」を 公開しているとのこと。少し前の情報なのですが、 今も変わらず公開しているのでしょうか。 だとしたらぜひ拝見したい。 世界観が変わりそうな気がします。 《照円寺》 金沢市…

夜の散歩 その1。

ある日の散歩は松山寺あたりからスタート。 暗くてよく見えませんが…これでもまだ18時頃。 松山寺は加賀八家横山家の菩提寺で、 山門は市の文化財に指定されています。 八坂を上ります。夜の坂は風情ありますね。 医療センターの塀に沿って歩いていると 塀沿…

宝泉寺。

御本尊の摩利支天は藩祖前田利家公の 守本尊だそうです。 参拝を済ませ、五本松に力をいただき、 眺望点に立ち、まちなみを眺めました。 落陽は金沢一と言われているこの場所。 参拝した時はちょうど夕方、 最高の景色を見ることが出来ました。 吹き流しでし…

五本松。

宝泉寺の御神木、五本松。 複雑に絡み合った枝が天まで伸びています。 見上げてもてっぺんは見えないので、 天狗が住んでいるというはなしも まんざら嘘ではなさそうです。 泉鏡花はこの五本松を「町双六」「夫人利生記」 「五本松」などに書いているとか。 …

雨宝院。

千日町、犀川のほとりにある雨宝院。 室生犀星が幼少期を過ごした場所です。 「幼年時代」には、寺での生活の様子がよく 描かれています。 お願いすれば、中も見学出来るようなので ぜひ一度訪ねたいと思っています。 《雨宝院》 金沢市千日町1-3

観音院。

観音坂を上がり観音院へ。 今回の目的は、このお守り。 とうもろこしの粒をイメージしたかたち、 寺にゆかりある3代藩主前田利常公夫人の珠姫に ちなんでつけられた「とうきび珠守り」。 四万六千日にはなかなか行けないので、 とうもろこしの代わりにいつも…

大連寺。

前田利家四女豪姫の位牌所であり、 豪姫と夫の宇喜多秀家の供養塔があります。 二人の本廟は、それぞれ野田山と八丈島に。 ここでは二人仲良く並んでおります。 仲睦まじかったのでしょう。 「金沢豪姫」というツバキもありました。 株分けしたツバキは八丈…

榮昌庵。

西町の奥まった場所にある榮昌庵、 すぐそばに出世地蔵尊もありました。 宿坊として泊まることも出来るそう。 まちなかの宿坊、ですね。 《榮昌庵》 金沢市西町4番丁14 番地 http://eisyoan.jp/

七稲地蔵。

観音町を進み、観音坂手前左手にある寿経寺、 前にはお地蔵様がいらっしゃいます。 1858年の安静の泣き一揆の首謀者とされた7人を 供養した七稲地蔵様です。 米価高騰に苦しむ民衆が卯辰山の日暮ケ丘に上り 困窮の苦しさを城に向けて訴え、悲痛な叫びは 藩主…

如来寺のマツ。

如来寺には見事なマツが2本あります。 16代当主前田利為公の御手植乃松と 金沢市指定保存樹のクロマツ。 どちらも御神木の如く、不思議な力を感じます。 たくさんの石仏があることでも 知られているらしいので、次回ゆっくりと。 《如来寺》 金沢市小立野5-1…

如来寺。

前田家と徳川家両方の位牌を置く如来寺。 葵の紋と梅鉢紋が並んでいます。 3代藩主前田利常公の正室、 珠姫命で徳川家康の位牌を置いたことから 始まりました。 徳川家康は珠姫のおじいちゃん。 そばにいたかったのでしょう…。 珠姫が眠る天徳院からもほど近…

専光寺。

真宗大谷派専光寺。 加賀一向一揆を諫めた蓮如上人の書状 「御叱りの書」をはじめ、 文化財に指定された文書がたくさんあります。 俳人、加賀の千代女(千代尼)の埋骨処が。 ここにある辞世の句は初めて聞きましたが、 「朝顔やつるべとられてもらい水」 これ…

徳榮寺。

新竪町の通りにあるお寺。 名前のところに「土蔵御坊」とあります。 蔵みたいな門構えだからかなと、 少し調べてみたところ。 かつて佐久間盛政によって壊され、 再建の時に味噌蔵町の味噌蔵の用材で 本堂を建てたから「土蔵御坊」と 呼ばれているそう。 新…

極楽寺。

真っ赤な欄干が遠くからでも目を引きます。 仏殿には金沢四大仏の 「丈六の阿弥陀如来坐像」が。 機会があったら拝観したいです。 《極楽寺》 金沢市寺町5-5-12

高岸寺。

前田家家臣の高畠石見守の菩提寺である高岸寺。 高畠家はお松の方の実家であり、 石見守の奥様は利家公の妹、津世とのこと。 前田家に深くゆかりのある寺院なのですね。 鐘楼が建物の中にあるのも初めて見ました。 「撞かずの鐘」と呼ばれる由来は。 城に危…

妙典寺。

「正栄山」の文字が見事だったのでふらりと。 こちらには市指定文化財の宮崎彦九朗儀一作 「鋳造三具足」が所蔵されています。 宮崎彦九朗儀一といえば… あの「焼飯釜」の初代宮崎寒雉。 ぜひ拝見したいです。 《妙典寺》 金沢市寺町5-2-33

静明寺。

徳田秋聲の実家、徳田家の菩提寺。 東京で亡くなった秋聲を分骨して 碑が建てられています。 碑の文字は井上靖が筆を取りました。 さわさわと、 秋の風に揺れる木々の中の秋聲の碑は 穏やかに微笑んでいるように見えます(^^) 《静明寺》 金沢市材木町28-18

浄安寺。

じょうあんじ。 山門にいるのは…なに? 邪気石像で三光寺のご住職が作ったそうです。 出られないように山門の下に閉じ込めて いるのでしょうか。 前を通り過ぎるだけだったので^^; いつか金沢四大仏の阿弥陀如来坐像を 拝観したいです。 《浄安寺》 金沢市寺…